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2018年10月30日

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん

「ハチ(ハチ割れの元野良猫・♀)が、スズメ捕ってきた」

畑仕事をしてると、ダンナが差し出します。

「・・・これ、スズメじゃないよ?」



見ると、ずっと小さいし、模様だって違う。

「とりあえず、生きとるみたい」



知っている鳥より、知らない鳥の方が圧倒的に多い私。

・・・調べると


ぐったりしたセンダイムシクイ

センダイムシクイ、・・・かな?


スズメより小さくて、なかなかお目にかかれない鳥らしい。

そのお目にかかれないものを

よく捕ってきたね~、ハチ。(褒めてるんじゃないよ?)


彼女は、揚げたての春巻きも捕ってきたことがある。

おいしそうな煮魚も。

あと、わが子が言うには焼く前のシシャモも。


いったいどこでもらってきてるのか。


怖いので、深く考えないようにしたい。


ところで、(仮)センダイムシクイちゃん。

Q太郎(セキセイインコ・♀)の半分くらいの大きさ。重さだって1/3ほどしかなさそう。

小さな、小さな鳥です。

毎度のこと、困ったな~。


保護猫ハチが原因で野鳥保護は2度目なのです。

ミイラ取りがミイラに。



残念ながら亡くなっているときは処理も問題ないのですが

なんとか生きてる!って時が

生きててよかった半面、お世話に困るのです。



一度目は、びっくり!ドバト。

デーデー、ポッポーの土鳩です。

おいおいハチさん、獲物にしては大きすぎやしませんか?



命からがら、我が家の物置下に逃げ込んで

それでも追おうとするハチを家に入れ、

物置下をのぞくハチ
猫がたまに必死なのは、なんだかちょっと可笑しい。



 
翌朝。


・・・生きてた。

いや、生きててもいんだけど、どうしよか?



調べたら、実は、鳩というのは鳥獣保護の対象外。

カラス、シカ、イノシシのように農林業に害をなすので

ケガをしてても、鳥獣保護の対象にならないのです。

例え、保護対象内の動物でも、

車や人が原因でのケガとかじゃないとダメで

自然のなりゆき、では対象外となります。

大きな鳥に襲われたとか、猫にやられたも。


そう、運よく生きてはいるけれど、治療してもらえない。



結局、ロクな手当もできないまま

土鳩もセンダイムシクイちゃんも自然に返しました。



少し元気になったセンダイムシクイ
ぐったりしていた数時間後、割としゃっきり起きていたセンダイムシクイちゃん。
100均のおちょこサイズ。ちっちゃい。
箱をのぞき込むと、逃げようと飛び跳ねる。意外に元気。
強いな~、野生って。



鳩を近くの山道に放したとき、

てっきりハト本人は「食われる~!」と思っていたらしい。


慌てふためいて、逃げようとして、

追ってこなかったので、「?????」

こちらを二度見していたのが、面白かった。

「・・・あれ?食べないの?」。

「食べれるらしいけど、食べんよ~。フランス人じゃないし。」
(フランス人だって食べてるのは食用で、ドバトじゃない。)


それこそ豆鉄砲食らった顔で、山の緑の中でポカンとしてました。



その後どうなったかは、分かりません。

死んじゃったかもしれないし、元気になって飛んでったかもしれないし。



その時のタイミングで、

その時の気持ちで、

その時の知識と力で。


私たちには、「今できるだけ」のことしか、できない。

できるだけ。

できるだけ、やった。


後は、もう信じるしかない。


ただ、信じるしかない。

2018年10月21日

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん

「あいつは、畳の上で死ねないぞ」

・・・なんて言葉があります。



とはいえ、昨今、

「実は、私の家、畳ない」

なんてお家も多くなってきているように思います。



ほとんどフローリングで、コーナー的に

畳スペースがあるとか。

古い昔のお家のように、家のほとんど部屋が畳!

ということも、少なくなってきました。


陽だまりに、畳とおばあちゃんと猫。

なんとも絵になりますが

そのおばあちゃんにとって、畳での

立ったり座ったりが大変なので、

フローリングに、椅子。のスタイルが多くなっています。



そういえば、以前読んだ、村瀬孝生さんの『ぼけてもいいよ』の本の中に

日本家屋のことが載っていて、意外だったのを思い出します。



日本の民家はいいなと思うことがある。
正座をしても寝っ転がっても差支えがない。
・・・(略)・・・
日本の住まいは腰から下の空間がとても豊かだと思える。
座面からしつらえが始まり空間が広がっていく。
しかし近年の日本の住まいはその豊かさを失いつつある。
欧米の住まいと同じようにダイニングテーブルの高さからしつらえが始まり腰から下の空間は忘れ去られている。
椅子に腰かけて生活することが前提なのだ。
僕が勤めていた老人ホームも同様だった。腰かけている高さから見おろすと床で座り込んだり、寝転がっているお年寄りたちが非人間的に見えた。まして床を這うことなど許されない。そこは靴を履いて歩くところなのだ。
二本足で立ち、歩くことが人間としての証だが、年をとればそれもままならぬ。トメさんのように人の助けは借りぬと決め込めば床をはうこともある。でもそれは自分らしく生きるための選択なのだ。その選択を許すのが従来の日本家屋であるように思う。

村瀬孝生 著『「第2宅老所 よりあい」から  ぼけてもいいよ』より抜粋



立ったり座ったりが楽だったり

介護の現場では車いすもあるので、

フローリングや塩ビのシートは最適ではあるでしょうが、

使い勝手とは別の面で、私などが、思いもしなかった

日本家屋(畳)の良さでした。



歩くのが困難になり、それでも「自分で動きたくて」

這うようにしたり、寝転がったり。

フローリングは、それを「異」なものに見せてしまう。



畳なら、それを「異」に見せない懐の大きさがある。



なるほど。

立ったり、座ったりの機能的な事情もありますが

そういった意味でも

畳、やっぱり悪くないなと思います。



もくせい工舎でも、和紙畳が増えてます。

その一方で

色あせや毛羽立ちがあったにしても、

あのイ草の香りは捨てがたいですものね!畳は!



死に場所や、死に方はともかく、

「生まれれば」、「死んでいく」。

浄、不浄ではなく

息をするのと同じくらい、「自然」で

当たり前なこと。

だから、死っていう言葉を、忌み嫌わないでどんどん書きます。



調べれば、「畳の上で死ぬ」・・・というのは

(出先の)事故や変死ではなく

【当たり前】に(家で)死ぬこと。



その反対は、・・・「野垂れ死ぬ」?



「野」や「野原」は好きなので、

ぽかぽか良いお天気で、そよそよ風に吹かれて

タンポポの咲いてる「野」で死ぬのも、悪くないかな?

なんてのん気に思ってしまう。

そしたら「野垂れ」は当て字で

「倒れて、這うようにして、死ぬ」ことみたい。

・・・それは、あまり穏やかではないですよね。



そう、きっと私たちは

「穏やかでない」死を、できれば避けたいのだ。



そういった意味では、この命が終わる場所が

畳の上だろうが、病院だろうが、

本当に野であろうが、

「穏やかに」死ねたら、万々歳なのかな?



「穏やかに」・・・心も、体も。



色々心配しながら、苦悩しながら亡くなるよりは、

嫌なことや、今までのつらいことを忘れるように

心穏やかに死ぬのなら、

物忘れといった「老化」も穏やかな死を迎えるための

麻酔のように思えてしまいます。

とはいえ、忘れてしまうことは

【失う痛み】でもあるのでしょうが。



穏やかに、死にたい。



人がうらやむ名声や、富や、人に囲まれても、

その最期が、心身「穏やかでない」のはやっぱり辛そうです。



「色々あったけど、なかなか面白かったよ~」って言って死ねるなら、

そこが、畳だろうが、病院だろうが、野であろうが、構わない。



大勢に囲まれてようが、独りであろうが、

「穏やか」であれば、構わない。


少なくとも、私はそう思います。



畳の上で、猫とごろごろ寝転んで

「日差しが春っぽくなってきたな~」と思いながら

独り、眠るように往生なんて、なかなか悪くない。



「死ぬ」「死ぬ」連発でしたが、

畳は、やっぱり良いもんだなぁ・・・っていう、お話。

2018年10月10日

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


青春ではなく、「中年」真っ只中の身で

(かなり)遅ればせながら、骨髄バンクに登録しました。

骨髄バンク


54歳になったら登録抹消される!とのことですので

もう賞味期限ぎりぎりというか、

下手したらスーパーで20%offのシールが貼られるレベル。


「こんなオバちゃんの骨髄で大丈夫⁉」という気もしますが、

ぎりぎりでも、せんよかマシ!と、動いた次第です。


エッヘン!どうだ?エライでしょ~~~。

・・・って話ではなく、たまたま色々諸条件が重なったから。



この年齢になって、子どもたちに手がかからなくなってきたこと。

相変わらずカタギ?の何時から何時まで出勤!の仕事をしないままだったこと。

つまり、適合する患者さんが見つかっても

「割と身軽に入院できるから~!」が、理由の一つ。



もう一つの理由は、知人が若くしてガンで亡くなったからでした。



とても気丈な仕事人でもあり、母親でもあった彼女。

どんなことにも全力だったので、

思い残すことは少なかったのではないかと思いますが

お葬式で、その子どもたちを見た時に

さすがにわが子のことは気がかりであったのかな、と。

もっとそばにいて、その巣立ちまで、

泣いたり笑ったりしていたかったかな、と思ったのです。



私は、お医者さんでも、看護師さんでもないので

ガンを治すことは到底できないんですが、

でも、・・・骨髄バンクは、できますよね。

血液のガン、白血病は治せる(私が治すわけじゃないけど)。

うまく適合すれば、うまく順調に回復すれば、

誰かのお母さんだったり、を救えるのかもしれない。



「救う」なんてエラそうだけれど

とりあえず、登録することで

私は54歳までは、この体を「健康」にする【役目】ができました。



もし適合して、誰かが助かったとなれば

「とりあえず、お役に立てたかも!」と思えます。

こんな歳になって、ようやく

誰かの役に立てたという「はっきりとした」実感がわくのかもしれません。



つまり、半分は自分のためでもある。

生まれた意味とか、よく分からないですが

こんな私でも、生きてきて良かった!と思えるかもしれない。

そんな下心もあると思います。

だから、エライとかじゃないかも。



そして、献血や骨髄バンクをはじめ

様々なボランティアに関して

エライ、エラくないを言ってたらどうしようもない気もします。



東日本大震災、九州北部豪雨、熊本、大阪、北海道の地震、

西日本豪雨、台風被害・・・。


今、一体どこが「被災地じゃない」のか分からないくらい。

各地で色々なことが起こっています。

そこに、自分の時間を削ってボランティアとして参加している人たちがいる。



「どうしても半日しか手伝えないけど」と参加した人と、

もう一週間参加している人と、

そこにエライとかエラくないの上下はない。



なんとか一週間、時間を削れそうだから「できるだけ」。

半日でも、何か力になれるなら「できるだけ」。

その【気持ち】とそれぞれの【状況】があるだけで、

時間の長さでエライ、エラくないなんて言ってたら

誰も参加しなくなっちゃう。

どれだけやったか、なんてことで貴賤をつける必要はない。

それは、ボランティアする、または参加しない(できない)も

含めてのことです。

貴賤はない。

それぞれが色々な物を背負っている中で、

【気持ち】や【タイミング】【状況】の中で、

できるだけのことしか、できないってだけ。

エライとか、エラくないとか

ジャッジする必要まったくない。



反対に言えば、「今はできない」ことで後ろめたく思う必要もない。

【状況】が合わないってだけです。

だから、後ろめたさを誤魔化すために

「時間がある人はできるんやろ?私、忙しいけん、そんなヒマない」

なんて言い方だけはしないでほしい。



ヒマな人なんていない。

大変なのは、自分だけじゃない。

自分が思う以上に、他人だって大変だ。


「命は、あなたが生きて使える時間のこと」


こう言ったのは、医師の故・日野原重明さんでした。


【状況】を整えて、ボランティアに参加している人たちは

生きて使えるはずだった時間を、誰かのために使っている。

生きて使えるはずだった時間=「命」を誰かのために使っている。


一方で、時間や【状況】があっても

【気持ち】のタイミングが合わなければ、

なんらかの行動に、「今は移せない」ってだけです。

引け目を負うことはない。



人それぞれ【気持ち】と【状況】が違う。

エライとか、エラくないなんて

ジャッジなんて判定、いらないはず。

誰かを「エライ」とすれば、必然的に反対側は「エラくない」になっちゃう。

だから、わざわざ判定いらないと思っています。


・・・それはともかく、適合するといいなぁ。

せっかくなら。

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もくせい工舎

(有)もくせい工舎          代表取締役 永家 正光

昭和31年宇佐市生まれ

大工の父親の背を見ながら、木を使って色々な物を創るのが大好きな少年だった。

リフォーム業を起業後、新建材への違和感や、家族のアレルギー反応などから一念発起。

木と土で創る本物の自然素材住宅を、【より身近】に提供すべく研究・開発する。

妻と娘からは「他はともかく、木を使うセンスだけは抜群」と太鼓判を押される。

・・・だけ!?

木と家づくりが好きで好きでたまらない[まほろば]の住人。

[まほろば]…日本の古語。素晴らしい場所、住みやすい場所の意。もくせい工舎事務所は,鳥がさえずる森の中なので。

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