価値価値ヤマ

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん

経済にも疎いのですが
「価値」と「使用価値」は違うらしい。

すごく手が込んでいたり
こだわっていたり
(人手や時間の)手間がかかっていたり
量産できなかったり。

そういうものが「価値」がある
というのは、何となくわかります。

しかし、それと
「使用価値」があるかは別の話。

例えば、オーガニックコットンで作られてても
他のものと一緒に洗濯できなかったり
アイロンがけなしには着られない服は
ずぼらな私には遠慮したいところ。

「素晴らしい」けど、使いにくいので
「価値」はあるけど、「使用価値」は低くなります。

こだわりの食材でつくられた料理も
味が好みでなかったり、
お店の応対が嫌な感じだと
「素晴らしい」けど、またお金払ってまで食べたくないかな~
ってこともある。

きびしいけれど

がんばった
こだわった

が、「使用価値」に値しなければ
買ってはもらえないし、

いいかも!と思って買ったところで
思ったほど良くなければ
もう買わない、リピートはしないってことになるんでしょうか。

つまりは、また買うほどの「使用価値」が
残念ながらなかった、ということなんだと思います。

新規獲得も大事だけれど
リピート率はそれ以上に大事で
(くち)コミレビューの怪しさはともかく、
信頼できる人が、「気に入ってね、ず~っとこればっかり!」
って言うのを聞くと
食指は動く気もします。

広告まがいの仕事をしていて思うのは、
広告屋に接点があるのは
新規の方とも言えます。

リピートに関しては
もうメーカーサイドの話になります。

ウソや大げさなことを書けば
住宅メーカーなら
見学会にいけば分かる話です。

大事なのは、契約以後の話。

一生に何回もお家を買える人ならともかく、
(家が一生に一度の買い物だとするならば)
実は「リピート率」の測りようがないのも
住宅業界なのかもしれません。

ただ、なんとなく
「また建てるとしたら、同じところで」
そう思うか。

それが唯一
目に見えないリピート率ともいえるのかなと
個人的には、思います。

ずっと暮らしていれば
だんだん困りごとも出てくることもあります。

古くなってきたり、
状況が変わって、
「どうにかならんかな~!」ってことは
どんなに【こだわった家】を建てていても
やっぱり出てくる。

そんな時に気軽に声をかけやすいか。

実は、そこも
住宅業界の「リピート率」ともいえるのかも
しれません。

新規も大事だけれど、
今ある「ご縁」はもっと大事で。

気軽に困りごとをOBさんが相談しやすいか。
(あえて親しみをこめて「さん」ですが)

相談がないのは、
問題がないからとは、限らない。

あそこは、困ってても声をかけにくい。

そう思われれば、
広告のレビュー以上に信頼性の高い
身近な人からの
リアルな口(くち)コミだってなくなってしまう。

「知り合いが建ててて、
後々も良くしてくれるって言ってたんで~」

実は、これが
最良の「作り手冥利」とも言えます。
OBさんが損得なしで
手放しに勧めてくれるほど
嬉しいことはないからです。

だから、
これから「家を建てたい!」っていう方は
契約後、建てた後、
相談しやすいかも要チェックです。

「価値」と「使用価値」。

ざっくり自分なりに解釈すれば
「価値」は、貴重かどうか、素晴らしいと思うか。
「使用価値」は使えるかどうか。便利かどうか。あてになるか。

「使えるかどうかの価値」っていうと厳しいですが
困りに寄り添ってもらえるかは
後々かなり大きいような気もします。
(忙しすぎて助ける暇がないスーパーマンより
近所のおせっかいの"おいちゃん"の方が頼りになるとか。
立派な人も、頼めないと"あて"にできないので。)


あ~。やっぱり家を建てるって
配偶者選びと似ている。

理想ばかり言ってたら
ことが進まないとか
清濁併せ吞むとか
折り合い付けるとか。

人の脳は後悔するようにできていると言いますが
せめて「当時やれるだけはやった」「考えた」は
精神衛生上、お守りになるかもしれません。

ちなみに「使用価値」はあるけれど
「価値」を全く感じないものを
ぼったくりというらしく。

どんなに「優れている、こだわってる」と言われても
売り手と買い手の「価値」感がずれていれば
両想いにはなれない。

「価値(素晴らしい!と思う気持ち)」と「使用価値(私の暮らしに合ってる!感覚)」の
ヤマ(山。鉱山。掘り出し物を見つける感覚)がはずれないよう、
よい出会いをお祈りします!

グットラック!です。

うえき天国に行ってきた話

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん

湯水のようにお金があれば
その道のプロにお願いするのが一番なのですが
そうもできず
半分以上、自力で手を加えてきた
我が家の庭。

今回、植え替えたロウバイが枯れてしまったのを言い訳に
久留米緑化センターまでくりだしました。

「はぁ?久留米まで?」

確かに、そうなのです。

ただ田主丸~久留米近隣は植木天国!

もう、見てるだけで楽しくて。

もともと雑木の庭が好きなことと、
もっともっと、小鳥が庭に来てほし~い!
それには
コ●リやグ●デイでは、その種類も限られるからでした。

特に、ジョウビタキが食べていたコマユミの木
ぜひとも欲しくて。
ネットだとウン万円するものが
田主丸で5000円以下で買えたこともあったので
秋が来る前に、根付かせて結実してほしかったのです。

行けばちょうど【春のグリーンマルシェ】開催中とのことで
満開の桜に迎えられ、家族連れも多かったです。
2021_グリーンマルシェ
(宣言解除後に、コロナ対策をして。のお話です)

コマユミがあるかも?と期待していたお店では
残念ながら手ごろな価格のものがなかったので
以前来た時に目をつけていたグリーンライフ コガさんに移動。

グリーンライフ コガ

前は店員さんが不在だったのですが
今回は女性がいた~。

グリーンライフ コガ

この雰囲気!
好きな方は、テンション上がるはず!

作りこんでなさそうで、ひそかに計算はしてて
わざとらしくなく
あくまで自然!

本当は、こんな庭にしたい~。

しかも、コマユミも
笑うほど安い!

かなり大きくなったものは
掘り出すのが無理そうだったので
(庭石の下に根が入ってて。どちらにしても、軽自動車には積めませんが...。)

今回は145㎝くらいのものを購入。
5000円。安っ。
ネットだと同じくらいで
14000円超えてます。
送料だってかかる。

フッフッフ...。
これで、なんで久留米までくるか
分かっていただけたでしょうか。
(え?分からない?)

2021_ueki_kodemari_komayumi.jpg

庭に植えるとこんな感じ。

根元の八重のコデマリは、
田主丸のJA耳納の里で
500円!

コデマリは一重もシンプルでいいのですが
八重咲のこのモッタリ感というか
ゴージャスなのに、清楚な感じは
根元を彩るのにもってこいなのです。

へたくそ素人造園でも
なんとか様になる!

ただ、広がるので
今回はプランタースタンドをひっくり返して
サポーターとして代用しています。

個人的に、木の高低差と
色味の高低差は大事~。

2021_ueki_egonoki.jpg

こちらは、まるとし緑樹園さんで購入の
エゴノキ。白花です。

egonoki_tubomi.jpg
エゴノキのつぼみ。鈴のような傘のような花が咲く。

ただ、このエゴノキ。
実に毒があります。

だから、側溝や水たまり、畑の側には
植えないようしました。
(地域猫が水を飲むといけないので~)

その実が大好物な鳥がいる。
ヤマガラです。
ひょっとこのような不思議な顔をした
スズメより小さな小鳥。
もう、秋にはエゴの実求めて
行ったり来たりと忙しい。

ぜひとも、それを
我が家でみせてほしい~。

実は食べられませんが
エゴノキは、その自然な樹形も人気の
わりとメジャーな植木なのです。

こちらも150㎝くらいで2980円。
安いです。

ネットだと送料入れると
一万円超えます。

センター内をウロウロしてる時に
足元に咲いてたのが可愛くて
こちらも緑樹園さんで購入。

sagigoke.jpg

サギゴケです。
マット状にどんどん広がるので
グランドカバーとして
頑張ってほしいところ。

こちらは1ポット120円。

本当は、シジミバナも探していたのですが

sijimibana.jpg
似ていますが、ユキヤナギより花が棒状に固まらない感じ。

sijimibana_up.jpg
小さな蜆の身のような、可愛い花が咲きます。桜よりちょっと早く咲く感じです。
これが咲き始めると、いよいよ春も本番って気持ちになります。


残念ながら思ったより高かったので
またのご縁に期待したいところです。
(以前は、JA耳納で980円くらいで買ったので
今回は同じくらいでも倍の値段しました。
大株だと一万円近い店も。)

いや~、植木って奥が深い。

ちなみにセンター入り口には
道の駅くるめ。

センター内にも
オープンエアーのカフェもありました。

d_cafeさん

こちらの赤カレーが美味しかったのに
散々食べた後
写真を撮ってないことに気づきました。

インスタ慣れしてないしてないと
こんなことになります。

ガーデニング好きさんはもちろん、
なかなかホームセンターで手に入らない雑木を探しに、
私のようなもの好きさんも
ぜひ久留米・田主丸まで。

しかし、暑いわ。久留米。

歩き疲れましたが、
楽しかったですよ~。

ぜひぜひ。コロナ対策のマスクと
帽子・水分を持って
お出かけください。

私を決めないで

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん

私を決めないで
一本の線路を走る電車のように
まっすぐな橋のように
決めないでください私は水
方向を決めずに広がる水
海と同じ、どこまでも広がる水

わが子の卒業式の日、
式を終え、教室に戻ると
箱の中にプリントの切れはしが。

そこには、国語の授業で
詩のアレンジに取り組んだ
子ども達の作品がありました。

「お子さんの分をご自由にお持ちください。」

わが子がアレンジして書いたのが
上の詩だったのです。

親バカですが、
なんだか妙に心に刺さってしまった。

元は
「私を束ねないで」という新川和江さんの詩。

国語の教科書に載っていた、とのことで
今、捨てようと束ねていたものから
引っ張り出してきて、読んでみました。
(「私を束ねないで」だけに?)

オリジナルの詩も、もちろん名作なのです。

特に、
私を名付けないでに続くくだりは
娘であったり、妻であったり、母でもあるからこそ
身に染みて分かるフレーズです。

あぁ~、でもこれ。
絶対中学の頃の私じゃ分からない~。

捨てるはずの教科書。

森鴎外の『高瀬舟』も載っていました。

私の頃、習ったのかしら。
育った県は違うのですが
当然「読むべき」名作リストに載っているようなものです。

ところが、習った記憶も吹っ飛び、
読んでもないはず。

ところが、今読むと
めちゃめちゃ面白いんですね。

あぁ、でもやっぱり中学の私じゃ何のことか
分からなかったかもしれない。

「足るを知る」ことが
どうも目の前のお金や物の量や質でないこと。

満たされていても
餓鬼のように
まだ不安や疑念がムクムクと湧き上がって
自分を苦しめてしまうこと。

高瀬舟に乗った弟殺しの罪人であるはずの青年が
そのキリがない「もっともっと」の欲が
まるでなく、心から満足し
安心していること。

今さらと笑われそうですが
おばちゃんになって
「森鴎外、すげー!」と叫んで
子どもに笑われておる次第です。

分かる時期、タイミングって
人によるのかもしれませんね。

私は、今でした。

少なくとも、
私を決めないで
私は水
方向を決めずに広がる水
海と同じ、どこまでも広がる水

そう書いた我が子の気持ちは
親として心に刻もうと思います。

私も、
「あんたみたいなんが
そんなんやっても、
どうせ無理」

そんな親の言葉はつらい。

「あんたのために
心配して言ってやりよるんよ」

確かにそうかもしれない。

でも、この言葉を聴いて
元気も勇気も出ない。

だから
わが子には言わないように。
うっかり言いそうになっても
それが毒だと気付けるように。

そう心しておこうと思いました。

私に似て
少々独特のところがある子ですが
アレンジして
この詩を書いてくれて良かった。

母は、君がそういうことに
気付く子になってくれて嬉しい。

そう思う旅立ちの日でした。

怒る

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


誰かが、物凄い剣幕で怒っているのをみると
居ても立っても居られないような
気分になることがあります。

その怒りを鎮めることに気を取られて
あまり何を言っているかは
ちゃんと聴けていないような気もします。

反対に、他人が怒っていることに
全く平気でいられる人もいるでしょう。

気にしていないのかもしれないし、
聞いてはいるけど、落ち着いていられるのかもしれない。

激怒している人の怒りに気をとられて
何を伝えたいのか、
何をすべきなのか
見失うことがある。

なぜ、そんなことを今回考えているかというと
環境活動家の少女、グレタさんを思い出したからです。

彼女がすごい剣幕で怒っているのを
私はあまり、良い気持ちでいられない。
正しいし、ごもっともだけれど、
もっと言いようもあるのではと
ついつい思ってしまう。

でも、やんわりと言ったところで
まったく当事者意識がない「大人たち」は
何も変わらない。
だから彼女はあの若さで
あの全身で
「否」を突き付けている。

彼女が怒っている「大人たち」が
私を含め、まさに自分のことなのに
当事者意識が低いのはどういうことなのか。

私にしてもどこか
もっと大人の、
つまりは高度経済成長期に
ガンガン儲けていた親世代のことのように思ってしまう。

「いや、だってその時は私も子どもだったから。
親世代のやってきたことの責任を
全部言われても。」
そう思うのかもしれない。

親世代にしても、
「懸命に家族のためにやってきたのに。
そんな風になるとか
専門家じゃないし
知らなかった。」
そう思うのかもしれない。

ただ、彼女を激怒させているのは
そんな責任転嫁ばかりしてきて
問題に全く対処してこなかった
私たち「大人」の無責任さなかなと思うのです。

問題に薄々気付いていながら、
誰かが何とかしてくれると
他力本願に考えて
のんべんだらりとして
変えようとしてこなかった。

「誰のせいか」より、
自分事として
今現実に起きていることを
お金の勘定じゃない頭で
考えて!

グレタさんを始め
そう子どもたちに怒られても仕方がない。

激怒する相手を、クレーマーとしてひとくくりするのは
簡単だけれど、相手が何を言わんとしているのか
よく聴く必要がある。

激怒している相手が
わが事のためだけにそう言っていないのなら
なおさらで。
そうしないと、なんの反省も改善もなく
何の進歩もないからだ。

彼女を怒らせているのは、私たち。

何より、少しでも二酸化炭素を出さない知識と、
それを実行する行動が
必要なのだと
しみじみ、反省の日。

メーカーサイドでも
環境負荷の少ないものを
お願いしたいところですね。

それは、HMや工務店にも
言えるかもしれませんね。

なるべく省エネであることや
住む人がいなくなった後
家が処理しきれないゴミにならないように。

とりあえず
草むしりが大変でも、
庭に少しでも、土と木を。

多様な生物が生きやすいことも
大事なのかもしれません。

めんどくさいことに
大事なことが
かくれがち。

プロジェクションマッピング込み、310円

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん
大分県に住んで20年。

この度、初めて宇佐の県立歴史博物館に行きました。

お目当てはプロジェクションマッピング!

ハウステンボスのそれを目にしてから、
プロジェクションマッピングと聞くと食指が動く私。

とはいえ、鼻息荒く見に行ったプロジェクションマッピングに
がっかりすることも多く、
今回歴史博物館が行うと聞いて
どっちに転ぶか?
でも入場料310円なら良いか?
と、お邪魔した次第です。

意外にも、撮影禁止マーク以外は
カメラOKとのことで。

プロジェクションマッピングも
「撮っていいですか」と聞くと
「良かったらSNSで拡散してください」とのこと。

インスタとか、フォロワーとか
まったく縁のない私は
拡散という派手なお手伝いはできませんが
こうして、地味に?もくせい工舎のブログにて
その面白さをお伝えできればと思います。
(お出かけネタも少なくなってしまったので)

意外に、と言ったら失礼だけど
意外に、いや、想像以上に面白かった歴博。

大分の歴史なので
鏝絵の展示コーナーなどもありました。

もくせい工舎は漆喰を使うので
興味のある方もおられるのではないでしょうか。

歴博の鏝絵展示
たまたま今回ちょっと調べたら
安心院近辺にに鏝絵が多いのは
なんといっても
長野鐵道、山上重太郎、佐藤本太郎など
有能な左官職人さんを輩出しているかららしいです。
(とはいえ、存じ上げない無知な私)

宇佐の長洲から、材料の貝灰が調達しやすかったりも
あったようですが
なんといっても、そのユーモラスさ。
見ているだけで楽しくなります。

なかでも、これ。

ブドウ柄の鏝絵

美しいですよね~。

葡萄は子孫繁栄の縁起物らしいのですが
あえてモノトーンなのが品が良い。

他にも
野津原の庄屋・後藤家住宅の再現などもあり、
建物好きには嬉しい限りでした。
(空間を見るのが好きなだけで、詳しくはナイ)


庄屋の家入口
調べたけれど、よく分からなかった。玄関のサルノコシカケのような飾り。

庄屋の家・板の間
この梁!カッコイイ!

庄屋の家・天井
屋根の仕様も素敵です。断熱材ないから寒そうではあるけど。

庄屋の家・壁
壁の色味がいいですね~

庄屋の家・壁・通気口?
通気口?


そろそろ本題に行かねば。

プロジェクションマッピングは2か所。

入ってすぐのロビーにある熊野摩崖仏と
その右手奥に見える富貴寺大堂。

どちらも実物大の模型で
そこに展示品の魅力やまつわる歴史を
投影して解説してもらえます。

熊野摩崖仏のプロジェクションマッピングには
マスコットキャラクター「ごりんくん」を
地元の高校生が担当。
とても上手でわかりやすかった!

こちらの唯一残念だったのは
熊野摩崖仏がレリーフだからか、
どうも平面に投影されているように見えてしまった。
乱視がひどい私の目と、脳のせいかもしれませんが、
なんとなく「おお~!」と
驚くまでいかなくて。

以前、人気アニメのプロジェクションマッピングを
商業施設の壁面に投影するのを見たのですが
その時も二次元のアニメと
平面の壁面だったからか、

・・・なんか迫力がない。
広い所に写しただけ、の印象だったのです。

理屈は分かりませんが、
奥行き感のある立体のものに
三次元の映像だと
こう、びっくりするというか。
意外性があるというか
「おお~」っとなるのでしょうか。

立体に立体が重なるからこその驚きが、
きっとプロジェクションマッピングの醍醐味なのかも。

正直驚きは少なめだったのです。
ごめんなさい。

ところが、こちらは圧巻。

富貴寺大堂模型

富貴寺大堂!

実物よりピカピカ!(当たり前?)

富貴寺大堂模型・ご本尊

中に入ることもできます。

実物の富貴寺大堂は
現存する九州最古の木造建築だけあって
中の装飾なども、かなり見えづらい。

は~、もとはこんなに豪華絢爛だったのかと
驚くばかりです。

模型の良い所は、
ほら!

ご本尊裏の曼陀羅

絶対実物ではお目にかかれない
ご本尊背面も見れること!

こんな目に触れにくいところまで
丁寧に、丁寧に仕事がされているのには
ちょっと感激します。

そして、さらに
心揺さぶるプロジェクションマッピング。

映像もさることながら、
音楽と、何より大分出身の石丸謙二郎さんの
ナレーションがもう、本当に良いのです。
重厚で、でも本当に温かくて。

プロジェクションマッピング
プロジェクションマッピング
プロジェクションマッピング
プロジェクションマッピング
プロジェクションマッピング
プロジェクションマッピング

最後どうなったかは、ぜひ現地で。

もう、途中
雪が大堂に降り積もるシーンは
きれいすぎて、鼻がツンときました。

いや~、なんかすごいところに
住んで居るなぁ、私。

実は、こちらのプロジェクションマッピングは
期間限定。

もったいないけど
4/11(日)までなので
興味のある方は310円を握りしめて
ぜひ宇佐の歴博まで!

・・・関係者の方々、
撮影可を良いことに散々撮らしてもらいましたが
これで許してくれるかしら。

私は、下の子連れて
また石丸さんの声を聴きに行きます!

ママくも【閲覧注意】蜘蛛の巣の画像あり。

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


今日は、ママ友ならぬ、
ママくも(蜘蛛)のお話。

苦手な方は、ごめんなさい。
本体(?)の画像は出てきませんが、
蜘蛛の巣は出てきます。
見るのも嫌!っていう方は
パスしてくださいね。

気持ちの悪い系列の話ではないです。


12月くらいだったでしょうか。

物干し場の柱に、蜘蛛がいる。

おなかがパンパンで、
臨月?のようでした。

巣を張るにしても
獲物がかかりようもない位置なので
「産卵するんだな」くらいに思っていたのです。

蜘蛛の巣ではないけど

産卵が進むにつれ、
あれほどパンパンだったおなかもしぼんできて
ママ蜘蛛の体は
元のスレンダーな姿に。

そうこうしているうちに
だんだん寒さも厳しくなってきて
冷え込む日などは
ママ蜘蛛もヨロヨロしながら
卵が冬を越す準備をしているようでした。

毎朝、洗濯物を干す度に
その光景を見るものですから
だんだん、なんだか気になるようになってきました。

今日も生きている。
お?今日も頑張っている。

でも、さらにヨロヨロ。
というより、息も絶え絶え。

とうとう、動かなくなり
「あぁ、死んじゃったのかな~」
と思っていたのです。

ところが、次の日場所が少し変わっている。
動いている!
生きている!

もう、こうなると
なんだか身につまされてしまいます。

もう、死にかけているのに
まだわが子のために
精いっぱいのことをしようとしている。

ママ蜘蛛がこうするのは、
本能なのでしょう。
「母親はこうするべき」とか
考えてやっているわけではない。

「母親なんだから~すべき」は
どこか少し自分のためでもある。

生き物が本能的に子どもを守ろうとするのは
誰になんといわれようがやる。
理屈じゃない。

もう、ほとんど動けないような体力で
なお命を全うする姿に
同じ母親として
何とも言えない気持ちになりました。

数日後、
ママ蜘蛛は縮んでいました。

また、まだ生きているといけないので
放っておきましたが
やがて地面に落ちていました。

あぁ。
本当によくやったよね。
頑張ったよね。
本当に、本当に
お疲れさまでした。

同じようなもんだよね。
種類は違うけれど、

あなた(蜘蛛)も、私も。

寒いからこそ。

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


降り積もった雪で、
一面の銀世界となった1月。
2021_01_雪景色
我が家の頼れる?小鬼さんが、雪パック中。この置物に関しては→こちら!

2021_01_畑の雪模様
畑がチョコレート菓子のように!

2021_01_雪の散歩
犬の散歩は、こんな日にも?


早くから積雪が分かっていたからか
学校からの、始業式延期&休校メールも
前日に入る早さ。

何かあってはいけないからか、
ありがたい反面、
今の子ども達って
雪で真っ白になった校庭を
見る機会も少ないのかなぁと思います。

徒歩圏内の小学校はともかく
中学校は遠方から自転車の子もいる。

それを好き好んで、休校なのに
わざわざ見に行く子は
いないのかもしれませんね。

わざわざ好き好んで見に行く大人になった私は
別件の(学校絡みの)用事もあって
カメラ片手にウロウロ。
真っ白なグランドも写真に収めました。

2021_01_雪のグランド

雪が積もっただけなんですが
見慣れた光景が一新されるようで
なかなか新鮮でした。(寒かったけど)

コロナの感染拡大も心配ですが
もくせい工舎は、感染対策を徹底して
今月末の週末、再生見学会も開催。

コロナ禍で先行きが見えない中、
なかなか家を新築するなんて
考えられない方も
多いのではないでしょうか?

とはいえ、今のお住まいが
かなり築年数経つと
リフォームのことも気にかかる方も
おられるかと思います。

特に、暑すぎる夏や
底冷えがひどい冬には、
ちょっと、家の断熱から何とかした方が良いのでは?
とも、頭をよぎることでしょう。

今回の再生見学会は、
2階建てのお家を使いやすい平屋にした上、
自然素材の家にリフォーム。

憧れだった木の家を、
リフォームで叶える方法もアリなのです。

ぜひとも、実際に
その驚きの変わりようを
ご覧ください。

ご予約、お問合せは→こちら!

こんな寒い時期だからこそ、
羊毛の断熱性能の
底力が分かりやすい!

ぜひ、会場でお会いしましょう。
お楽しみに!

年末年始のおしらせが!

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


サイトがリニューアルして初めての年末年始のお知らせ。

・・・が、いつも通りにいかず
調べている時間もない!

・・・ので、急遽こちらに載せます。
(最後の最後にスミマセン。...トホホ。)




2020_2021.png


2020年12月31(木)~2021年01月03日(日)まで
誠に勝手ながら年末年始のお休みをいただきます。

年明け1/4(月)より通常営業いたします。

どうぞよろしくお願いいたします。



申し訳ありません。
次回までには、もっと勉強しておきます。



思い起こせば、昨年の今頃。
その時も「コロナウイルス」の話は出ていたのです。

しかし、やっぱりどこか他人事だった。

遠い武漢でのことだと
正直、高をくくっていたのだと思います。


年末に『風の谷のナウシカ』の映画が放映されていました。

劇中の「マスクなしでは生きられない世界」というものを、
これ程身につまされて再放送を見た年もありませんでした。

あのお話の中でも
自然は、時間をかけてでも
なんとかバランスを元に戻そうとしているのに
目先のことばかり急ぎたがる人間たちが

森を焼き、虫を殺し、
よけい悪循環に陥っていました。


とはいえ、みんながみんな
ナウシカのように聡いわけでも
慈悲深いわけでもない。


自然のおおいなる仕組みが
何を目指しているのか
私にはちっとも分りませんが

早く、山を越えられますように。


あとは、できるだけ

感染しない、させない。

ナウシカにもなれない私がやることは、
とりあえず、今大変な思いをしている人たちの
手を煩わせないこと。


おまけに、年末は寒波も。
畑の土に、山々に
こうしている間にも
雪がだんだん積もってきました。


今年のお正月は、お家でおとなしくしていようと思います。


ここからは、自然素材の工務店ならではのお話です。

コロナ禍で、お家にいる時間が長くなりました。
今こそ、家の居心地のありがたさが見直される時かもしれません。


年明け、1月末には
宇佐市にてリフォームの見学会も予定しております。

コロナ禍で先行きの見えない中、
新築はともかく、
建てて数十年経ったお家の住み心地は
ほっておけない部分もあるかと思います。

近年の激しすぎる暑さ寒さや耐震。
老後に備えてのバリアフリー。

同じリフォームするなら、せっかくお金をかけるなら
憧れだった木の家にするという手もありますよ!

それを実現したお施主様のお家、大公開の予定です。

どうぞ、年明けのお知らせを楽しみに。


あぁ。なんだかスゴイ一年でした。

新しい年が
この閉じこもるだけのこの状況を一変させる

一発逆転!の年になりますように!


これから、もっと寒くなりそうです。
どうぞ温かくして、良いお年をお迎えくださいね。

ごつごう

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


テレビで、AIによる癒しのロボットのことが紹介されていました。

モフモフで、温かく、
可愛がれば可愛がるほど、
その人を認識し、懐く。

しかも、掃除機のルンバのように
勝手に充電に帰る。

・・・(ほぼ)ベイマックスやん!


【AI ロボット 癒し】と検索したら、
出るわ、出るわ。

セキセイインコのロボット(おもちゃ?)まで出てきて驚きました。


なんたって、AIですもの。お利口です。
おまけに手が全くかかりません。

ゲージに入らず困ることも
慢性発情に気をもむことも、
病気になる心配もいらず、死にもしません。


とはいえ、なぁ。なのです。


本物のセキセイインコの、あのホンワカした良い匂い。
人の顔を見て、うんうん体を揺らし、喜ぶ姿。
手の上でフンをされた時の、温かくも冷たい、あの水っぽい妙な感触。
一番世話したはずの私に、ガブリとかみつく、あの遠慮のなさ。
呼んでも呼んでも来やしない、あの従順さ。
教えても教えても、「ムカシムカシ」が精いっぱいの超賢いところ。

はてなのQ太郎


やっぱり、「不都合」はあっても
AIの利口なセキセイインコより

しがみつくQ太郎

Q太郎(♀|2019年3月 お空へ。)の方が、私は断然良いのです。



元野良猫だったハチ(♀)を、
無理やり室内飼いにした時に
外に出たがって、本当に大変な時期がありました。


人間の「こうするべき」は、猫の意見や都合は度外視なので
納得いくわけありません。【あきらめ】させるしかない。

眠るハチ

室内飼いになった今でも、
心はシクシク痛みます。


そんな私には、のんびりした口調で、妙に核心をつく一言をいう友人がいます。

彼女に、その話をした時、
「そっかぁ。いきもの飼うんは、大変だもんねぇ」
と、言われたのです。

...当たり前、でしょ?
でも、これがストンときた。
多分、彼女が「タダシイ意見」として
押し付けてこなかったからかもしれません。


・・・そっか。生きてるんだから
こちらの都合通りにいかないんや。

大変なことを分かったうえで、「じゃ、どうするか?」なんだ。


当たり前なことなのですが
ペットって、ペットになろうと思って
生まれてきたわけじゃないんですもんね。

元々、野生の動物で
勝手にこちらが世話してやっている気になっているだけです。


AIだと、AI側から嫌な思いをさせられることもない。
こちらの都合の良いようにできます。

相手が、いきものだと
彼らなりの習性や、言い分だってあるはずです。

だから、No!という。

それを上手くコントロールするのが躾だよ。

そう言われそうですが、
そんなに都合よくいかないから
困ったり悩んだりするんですよね。


時々思うのです、この「つごう」。

下手したら
良い人=自分にとって、都合が良い人

なんじゃないかと。

どんなに善人と評判の人でも
自分にとって都合が悪ければ
とても手放しで「よいひと」って言いきれないところがある。


子育てにしても、

よいこ=大人にとって都合の良い子

だとしたら、子どもは大人の顔色ばかり見て育たないといけない。


諸事情あって、AIじゃないといけないことも
きっとあるはずなので、そこはしかたないのですが
いきものは、こちらの都合通りにいかない。

都合の良いうちは、「良いペット」。
じゃ、不都合が目立ってきたら
どうなんだろう。

ペットショップに並ぶ愛らしい子犬や子猫は
生きている「いきもの」。

都合よくいかない面も踏まえて、
どうするか。

こればかりは、おもちゃのように
電源を切るわけにはいかない。


元々、野生のいきもの。

不都合も含めて

なんやかんやで一緒に生きていく。

それを忘れないようにしたいと思います。


例え、寝付いて10分後にハチ(♀)に
起こされる日々が続いたとしても
彼女に罪はないんだもんなぁ。

ハチ、飯を要求

いきものだもの。by み●を?

まずは、おちつけ。

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


家を建てる時に、同時進行で庭のことを考えていました。

図書館でガーデニングや庭木の本なんかを借りまして
あーでもない
こーでもないと、妄想を膨らませていたのです。

湯布院の玉の湯や、山荘無量塔のような
雑木林風の庭がたまらなく好きなのですが
いかんせん、先立つものがない。

せめて、理想の「外せない部分」はおさえつつ、
大きな木だけ造園屋さんにお任せして
あとは自分たちで、ぼちぼち手を加えていく形にしました。

我が家は南北に長い敷地なのですが
今思えば失敗したなと思うことがあります。


庭の東西南北、どの位置に
どういう植物を配置するか。

それを考えるときに
単純に
北=日当たりが悪い
と、考えてしまったのです。


ところが、
我が家は田舎。
しかも、地主さんが「もってけ、ドロボー!」と売った土地。
安し、広し、(私じゃ)手におえない。
3拍子そろった土地であります。

だから、一見不相応にも
土地だけは広め。
隣地とかなり余裕があります。

しかも建物は平屋建て。

つまり、庭の東西南北でいうと
北だけど、日陰になるとは限らなかったのです。

庭の東西南北

北側だから日が当たらない

そう思い込んで、半日陰や日陰の植物を植えていたものだから
この猛暑で次々に、枯らしてしまうことになりました。


うかつでした。
枯れてしまった木よ。
どうか私のおっちょこちょいを赦してほしい。

う~ん。
1年間、よく日の当たり方を観察するべきでした。

そんなに急がなくても良かったのに。


これは以前ブログにも書いたのですが

南側が日当たりが良いからと、
花を植えました。
ナニワイバラの下に
スイセンやシュウメイギクを植えたのです。

ところが、これがまた
ひまわりのように
お日様が大好き。
肝心の花の顔は、
太陽の方を向いたままなのです。

向日性、と言うそうですが
こうなると
家の方からは、花の後ろ頭(?)しか見えない。

これは、ショックですよ。

だって、そっぽ向いてるんだもの。

これこそ、日が当たるなら
北側の位置に植えるべきでした。

トホホ。

慌てないって、大事ですね。

勉強になりました。