その道を行く人Vol.2・・・法隆寺の鬼

机に置きっぱなしの、息子の中学の道徳の教科書。

「ワタシの頃、道徳の教科書なんてあったっけ?(。´・ω・)?」
↑・・・ 大昔すぎて忘れました~( ̄▽ ̄;)

ペラペラとめくってみると、

松井秀喜さんや、マララさん、IPS細胞の山中教授まで。

「その道の人」が載っています(・ω・)



その中に、ふと気になるフレーズが・・・。



木を生かすには、
自然を生かさねばならず、
自然を生かすには
自然の中で生きようとする
人間の心がなくてはならない。



それは、故・西岡 常一(つねかず) さんの言葉。

「法隆寺には鬼がおる」そう人々に言わしめた

「最後の宮大工」と呼ばれる人です。

宮大工・西岡常一さん記事

・・・失礼ながら、な~んの知識もないワタシ( ̄▽ ̄;)

全くどんな方か知らなかったのです(^-^;
だから詳しくここで説明するには力不足なので、ご了承くださいm(__)m



ところで、「自然」は昔は、「じねん」と読んでいて

もとは仏教のことばだそうです。

髪の毛がいつのまにか伸びるように

何もせずほうっておいても、ひとりでにそうなること。

物事の本性として自ずとそうなること。それが「自然(じねん)」。



西岡常一さんの言った真意も、仏教の真意も

ワタシなどが簡単に理解はできません(´・ω・`)



でも、なんとなく分かるのは

人の勝手都合で「自然」なものに

手を加えれば加えるほど、

それは「自然」ではなくなる・・・「不自然」になる(´・ω・`)


人間の考えることが完璧なら良いけれど

こっちをなんとかすれば、思いもよらなかった問題も出たりして

・・・そんなに簡単なことではない(ーー;)

木を生かすには、自然を生かさねばならず

自然を生かすには、自然の中で生きようとする 人間の心がなくてはならない。



家にも言えることかもしれませんし

人だって、その「自然」の一部っていうことを

時々は思い出したいな~と思います(´・ω・`)