出たから分かる

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


成人した我が子達が、出ていく気配がないと記事を書いて、数か月後。

上の子の一人暮らしが決まりました。

ヘルニアになって、転職することになり、
会社が日田市内に部屋を用意してくれたのです。

とはいえ、自宅から就業場所までは、深耶馬渓越えで1時間ほど。

その就業場所から、マンションまでは20分ほど。
ざっくりですが、
■ 木造or軽量鉄骨造2階建てまで→アパート
■ 鉄筋コンクリートor鉄筋鉄骨コンクリートの3階建て以上→マンション
とのこと。


家から2時間も3時間もかかるならともかく、
3~40分の違いが微妙らしく、ほとんど実家に戻ってくる。

この物価高のご時世、切り詰めれば、かつがつ生きては行けても、
手元に、全くお金が残らない。

そして、何より【出たから分かる】ことも多かったようなのです。

モフ切れ
どうも、ネコがいないのが一番堪えるらしく、ツルツルピカピカ、良く効きそうなワクチンを送る。


一度だけ、大きめの荷物を運ぶのに行ったことがありますが、
ちょっと古めの、マンション。築25年越え。

3階までエレベーターがないので、階段で荷物を運びます。

マンションのエントランスに入ると、ぷ~んと独特の臭いがする。

そして、部屋に入ると、さらにその独特な臭いは強くなる。

張り替えられたばかりだというフローリングは、テッカテッカに黒光りしている。

トイレとお風呂場に窓はなく、キッチンは簡易的なもので、IHが一口だけ。

アパート暮らしを10年越えでしていましたが、
久しぶりのこの臭い、この感じ。

しかも、暑い日の日田市内。もう、じりじりと熱(←もはや暑ではなく)い。

夜中は、エアコンを点けっぱなしにしていても、暑くて目が覚めるそう。

そして、何よりも、水が不味いのだとか。

「ご飯炊いたら、ウチじゃありえん臭いがする」

・・・そうか~。


思えば、子ども達のくりかえす肺炎・気管支炎、青っ洟にへきえきとし、

「とはいえ、家買うなんて無理なのよ」と諦めきっていたころ、

出会ったのが、もくせい工舎の家でした。

自然素材の家なんて考えてもいなかったのに、
ゴリゴリの自然素材の家に住むこととなりました。

住んで、十年越え。アパート暮らしの歳月を超えました。

とりあえず、売りに出さずに住んでいます。

木の家で、暮らし続けています。

水は、(この辺は)ボーリングだからか、とても美味しい。
炊き立てご飯の匂いも、ふんわりと甘く香ばしい、シアワセな匂いです。
(前のアパートもボーリングだったので、水は美味しく、タダでした。この点は、ツイてました。)

ケチなこともありますが、この猛暑に、日中あまりエアコンを入れません。
(気分が悪くなるほどの蒸し暑さは、つけます。熱中症は怖い。
在宅勤務でほぼ一日家にいますが、つけていることの方がが少ないです。もくせい工舎で建てれば、エアコン不要の意味ではありません。
ただ、エアコンの効きはいいかも。断熱性能高いので。)

入れるのは、お風呂上りのタイミングで、
たぶん2~3時間くらいの稼働。少なめな方ではないかと思います。

木の家に住んでいると、慣れもあるのか、
実は、常に木の香りを意識しているわけではありません。

でも、ふとした瞬間に、木の香りがすることがある。

そんな時、「あぁ、木の家に住んでいるんだなぁ」と実感する。
そして、こんな私でも、こんな家に住めているんだなぁと、思う。
(例え、それがギリッギリッのラインだったとしても、なんとかやれてる。)

少なくとも、玄関を開けて、前のアパートと同じようなカビ臭いがすることは皆無。
ウチは(オジサンと、プレ・オジサンの)男だらけ、猫付きにも拘わらず、
ウっとなることがない。


「なかなか、いい家に住んどったんやなと思うやろ?」

「うん。」と息子。

「それに、水っち大事なんやなと思ったわ。同じ米なのに、全然、味が違うもん。」


その、二度と賃貸に戻れなくなるかもしれない、もくせい工舎の家。

9月、宇佐市にて完成見学会を予定しております。

無垢の木と漆喰で作る自然素材の家_2025090607_もくせい工舎_宇佐市城井完成見学会

賃貸が得か、否かという話は、あくまで【お金】の損得の話。

賃貸でも、持ち家でも、お金が出ていくのに変わりがない。

じゃ、どんなところに住みたいか?
どんな家で、暮らし、生きていきたいか。

家なんてなんでもいい、どうでもいいならともかく、

どこの見学会見ても、ピンとこない人が見るべきは、
「そこ」なのではないでしょうか?

せっかく【お金】を払うなら、
この家になら、こういった自然の家に暮らす生き方になら、払いたい。

それは、単なる【お金】の損得以上の、付加価値を見出したから。

この自然界の一部として、【人間】として、
本能が望む家を、見て見ませんか?

すっかり諦めきっていた私が、なんとか暮らしていけている「ゴリゴリの自然素材の家」ってどんなものか、
試しに覗きに来てください。

しつこい営業もいたしませんので、お気軽に♪

宇佐市城井完成見学会
このイベント情報は→こちら

20250825_出てみて分かる自然素材の家の良さ

責任転嫁は、なぜ【嫁】なのか。

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん


絶賛、お盆中ですね。
たった今、この瞬間も【嫁】業務に、まい進されている、全国の【嫁】業のみなさん、お疲れ様です!


さて、先日の新聞に脳活の問題が載っていました。

添()/転嫁

で、同じ読みで、違う意味になるよう()内に漢字を入れるもの。

お盆時だから、ドキっとしたのか、ギクッとしたのか。

そういえば、責任転嫁の転嫁って、なんで【嫁】って書くんでしょうねぇ。


私は、万人受けする、誰にでも可愛がられるタイプの人間ではないので、
嫁としても、浮いています。浮きまくっています。
(己の不徳の致すところ、身から出た錆。
こればかりは、相性もありますから、仕方がない。)



その昔、防虫剤の《タンスにゴン》のCMで、
「亭主 元気で 留守がいい」なんてフレーズが流行りました。

(いいわけになるけど)それって、嫁にも当てはまるのではないか?

気に入られているのに、行かないのは不義理ですが、

気に入られてないのに、行くのは、もはや嫌がらせでは?
(犬が苦手な人の家に、わざわざ犬を連れていくようなもんでは?)

そう思うこととし、なるべく、近寄らない。

請われれば、喜び参じるけれども、
微妙な気持ちにさせるくらいなら、

嫁だって、元気で留守がよかろうと、そういうスタンスでおります。


そんな、とても褒められない嫁だから、先ほどの責任転嫁の【嫁】の字に、ドキッとしたのではありますが、

そもそも【嫁】の字源は、なんだろう?

それは、そのまま、【家】についた【女】のよう。

息子に良(よ)い女(め)が来た。

それが、嫁ということみたいです。


責任転嫁の【転嫁】は、「嫁に転ずる」。「嫁が他家に移る」つまり、再婚することらしく、
本来あるべきところから、他所に移すの意。

本来、責任のあるべきところから、他所へ移す。
【責任転嫁】となったよう。
古語の被(かず)ける、の与える、身に付けさせる、から
同義として【嫁】というのもあるらしいのですが、こちらは私じゃ、よく分からず・・・。



それにしても、【男】が含まれる漢字は圧倒的に少ないものの、
【女】が含まれる漢字は、山ほどある。

【女】が【良】い状態だと【娘】で、
【女】に【波】がつくと【婆】で、って・・・。

なんかあんまりじゃなかろうか。

じゃ、
【男】に【良】で、【イケメン】か?
【男】に【波】で、【じいじ】か?
それを言い出したら、
【飯】のことばかり聞く【男】は、もはや【夫】と読んでもでもいいのでは?

もはや、大喜利状態で考えたくなる。

そもそも、【嫁】の対義語は、【夫】ではなく、【婿】だというから、
こっちも女が入ってる。

これも、男性側が、あくまでも女性側の「家に移る」の【婿】。

なんとなく、主が男で、女がサブ的な感覚が否めない。

それは、漢字ができた、古代中国で、女性が男性に隷属させられていたからと言われていますが、

・・・なんだかなぁ。

そう思う、出来損ないの【嫁】なのでした。
というか、こんなことを面白がって、どんどん考えずにおれない女が、
【嫁】にきたら、扱いにくくて当たり前だよな、と納得する次第です。そりゃ、やだよなぁ。メンドクサイもん。

女が入る漢字
ウ冠は、屋根を表らしく、(諸説あるようですが)屋根の下に、女がやすらぐさま。
女の人ばかり右往左往して、ちっともくつろげない場所は、安らかとは程遠い気もします。

繰り返さないために

大分・自然素材の家。もくせい工舎・ことりのかあさん
(今回の記事は、もくせい工舎とは、なんの関係もありません。私、個人の見解です。)


「こんな悲惨な戦争を、二度と繰り返さないように」

平和学習などで、子ども達がそう発表する度に、
妙な違和感を感じて、胸がぞわぞわする。

もちろん、子ども達が悪いわけではなく、
もちろん、タダシイのだけれど、

それを一般の国民だけが、思っていたところで、
どうしようもないんじゃないか。

平和学習の、模範解答のセリフのように、
唱えられるその言葉を聞くたびに、

体験したことすらない私たちが、
いったい、どこまで「分かって」いえるのか。身につまされるのです。


80年前、「終わった」はずのあの戦争も、

私たちのような一般人が、「はじめた」わけではない。

一般市民が、どんなに他国に対して「けしからん」とか、
「目に物をみせてくれる」と憤ったところで、何ができるんだろう。

お隣さんにケンカを売るのとは、わけが違う。

国同士のケンカは、「軍」が動く。

「軍」を動かせる【誰か】が、「行ってこい」と言わないかぎり、
「はじまらない」のだ。


独裁政権でもないはずの、民主主義の国で、

【軍】を動かせるのは、「民意で選ばれたはず」の為政者になる。

そういったことが起こるかどうかは、

その為政者が、国民をどう見ているのかによるのかもしれない。

自分たちを、選ばれた【上級】国民のように思って、

【下級】の人間など、ただの【頭数】に過ぎず、

【年貢】のように【税金】を納めさせ、
好き放題やる。

下々が苦しんでいることなんか、気にも留めない。

なんら、心を痛めることもない。

国民のほとんどが、貧しくなっているのに、
それを自分たちの政策の貧困のせいとは、思わない。

【安定】した政権で、なにか問題を起こしても、おとがめなし。不起訴処分。

【公約】を守らなくても、クビになることもない。

マジメにやらなくても、高給がもらえるなら、
それは、椅子にかじりつきたくもなるだろう。


国民を、頭数としか思わず、

その一人一人に、大切な人や、人生や、夢のようなものがある
【いのち】だと思いもしない為政者が、

じわじわと、不安と恐怖を煽る。

【お隣さん】は、いつ何をしでかすか分からない、悪いやつだ。

懲らしめたって、当たり前なんだ。それが正義で、勇気なんだと、たきつける。


80年前、「終わった」戦争も、そうやってジワジワ「始まった」。

きな臭くなり、モノが言いにくくなり、
がまんして耐えることが美徳とされた。

今は、どうだろう?

私たちを、ただの【頭数】ではなく、
【いのち】ある人間として、

本当に尊重する、そういう目線をもつ為政者を選べているか?

「こんな悲惨な戦争を二度と繰り返さない」

そう言いながら、ただの金づる、【頭数】にされていないか。


国家権力の濫用から、国民の権利と自由を守るはずの【憲法】なのに、

コソコソコソコソ、自分たちの都合の良いように、

いつの間にか変えられていく。

あの時と、同じように。

言論の自由は、なぜか政治に関しては「タブー」とされ、

でも、そのタブーは、結局、好き勝手やりたい為政者にとって、
どんなに好都合だろう。


明日、広島は80回目の原爆の日を迎える。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」

刻まれた石碑の文字をみるたびに、胸が詰まる。

私たちができるのは、学び、繰り返さないこと。

そして、平気で「繰り返しかねない人間」に、
政治を任せないこと。

子ども達を、戦争に巻き込みたくなければ、
大人は、選挙に行かねばならない。

今の現状に、YesかNoか、突き付けないといけない。

そして、公約を守っているか、

国民の【いのち】と【自由】を真剣に守ろうとしているか、
為政者を見張らなければいけない。

選挙期間中だけ、ペコペコ握手を求めてきて、

バッチを付けた途端、上級国民ヅラしていないか、
見張らないといけない。

そして、該当者は、容赦なく、クビにしないといけない。

【安定】して、いつでも余裕で【当選】できると思っているから、
国民のために、働かない。

マジメに本気でやらないと、いつクビになるか分からない。
そういう時こそ、口先でない、本気が問われる。

国民はもっと怒っていいと思う。
怒り狂っていいと思う。

過ちを繰り返さないために。

二度と、ただの【頭数】として、

国のために、殺されないために。
子ども達を、殺されないために。

過ちを繰り返さないために