テマヒマ

本は文字ではない。

本は人じゃ。

開けば、触れることができる。ほかの人の考えに。
(中略)
その人の目で見た、世の中の
人生のあらゆることを教えてくれる。

生きるに迷うとるんは 自分一人じゃないことを。

・・・・これ、大河ドラマ『花燃ゆ』で、吉田寅次郎(松陰)が言っていたセリフです。

え?大河なんか見るヒマないから知らない?

それに、本なんか読んでいるヒマない?



「時間なんてない」「そんなヒマない」

確かにそうかもしれません。



でも、考えてみると

人の一生は、誰しも有限。

ずっと永遠に使える時間なんて最初から誰にもありません。

日野春 重明さんの「いのちはその人が生きて使える時間のこと」だとすれば

時間は、「必要だと思った」自分の意思で捻出する他ないということ。

何を大切に思って、何に時間を使うかは、

その人なりの、「命の使い方」でもあるのかもしれません(・ω・)



何を大事に思うかは、人それぞれ。

そこに簡単に言える優劣はない。・・・かな?と思ってます。

それは、さておき

吉田松陰の言葉ではありませんが、本が人だとすれば

たった3分本を読めば、ダライラマにだって、夏目漱石にだって会えます(・ω・)ノ

たった数分の積み重ねで

自分の殻を破ることができたり、世界が広がるなら

一生のうちのたった一日の数分間です。一分だっていい。

何を惜しむことがあるでしょう。



勤勉な日本にあって、ヒマという二文字は足の裏がヒュウっと冷たくなります。

罪悪感のようなものが、グッサリ自己を否定します。



でも、「手間暇」というと、どうでしょうか?



自分にとって、肥やしになる(なんかもっといい言い方もありそうですが(^^;))テマヒマなら?




ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

(中略)
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

『自分の感受性くらい』 茨木 のり子

何にテマヒマかけるのか?

選んでいるのは自分。

それをするヒマがないんじゃなくて

優先順位をつけ、後回しにしているのも自分。



誰のせいでもない。

誰かのせいにして、「自分はかわいそう」なんて思いたくない。



テマヒマかける。

生きているうちに使える時間を。

生きて使える時間が、命なら、

みんな、限られた長さしかありません。

いくらでも時間のある「ヒマな人」なんて、どこにもいません。



映画『おみおくりの作法』リーフレット

先日、友人と映画『おみおくりの作法』を見に行きました。

最後が思いがけなくて、結構ショックでした。

でも、後で何度も何度も映画の内容を思い出し、

不器用だけど誠実な、主人公ジョン・メイの

行いの一つ一つが、心に沁みました(゜_゜)

誰に分からってもらえなくても

評価さえされなくても

「ありがとう」の言葉さえ聞くことがなくても

ただただ、誠実にテマヒマかけるその仕事ぶり、その作法に

後になって思い出せば、思い出すほど

心がキュ〜っとなります。

時間を無駄かどうかで判断し、効率ばかり優先の世の中にあって

彼の行ってきたことは、不器用ですが

小さな野の花のようです。

野の花を雑草と言って、嫌う人もいるけれど。

雑草にもきっと役目のあることを、知らないで。

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