幸せのフクロウ(不苦労)?

先日、TVで大分の小学生がOBSを出発して

100㎞県内をみんなで一緒に歩きながら

また戻ってくるという番組が放送されていました。

ちらっと見て、何か気になって

家事をしつつ、結局最後のゴールまで見てしまいました(^▽^;)


その中で、一人の5年生の男の子が

その企画に参加すべく

体力作りに、おじいさんと励んでいました。

おじいさんは

「★☆が(男の子の名前)、これに参加してちょっと変わってくれたらいいな。

・・・最後までゴールできるかどうか、だな。」

途中から見たので想像でしかないのですが

「きっと何か変わってほしい」っていうことは

おじいさんなりに何かを心配して

「きついだろうけど、乗り越えていく強さ」を

★☆君に期待してのことなんだろうな~と思ってみていました。


番組の途中、★☆君は少しみんなより遅れることが多くなりました。

必死で頑張っているけれど

遅れてしまう。

その道すがら、自分の通っている小学校の前を通るのですが

少年野球の仲間たちや、担任の(?)先生が待ってくれていて

声援を送ってくれます。

「頑張れ~‼★☆‼」

★☆君は、顔をしわくちゃにして

服で顔を、涙を、ぬぐいながら

その前を通っていきます。

「みんなが待っていてくれて、・・・うれしかった( ;∀;)」


【うれし泣き】ができるなんて、なんて幸せなことなんだろうかと思います。

うれしさのあまり心が震えて

涙がながせるなんて、

それをこんな若い、子供の時分に、です。

でも、悲しいかな【うれし泣き】にしろ【悔し泣き】にしろ

何か本当に苦しい、キツイ思いをしたその上で、の話。

のんびりゆったり、そんな苦労をしなければ

ヒトの優しさや、ありがたさに

心が震えることも少ないでしょう。


フクロウを「不苦労」として、幸せのモチーフにしたりしますが

何の苦労もない代わりに、心が震えるほどの思いをせず

周りのものすべてが「あって当たり前」のように思って過ごすのが幸せなのか。

ちょっと、そうとばかりは言えないかも。


苦労しなきゃ、困らなきゃ、恥をかかなきゃ分からない。しかも自分で、です。



頑張って、頑張って

遅れながら、泣きながら

ゴールにたどり着いた子供たちは

「苦労」はしても

本当に満足げで、幸せそうだったですよ(*^_^*)

オバちゃん、感激しました!(T_T)♥

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